●平治物語 巻之 二 解説●

 官軍となった平家軍は内裏に籠る義朝らをおびき出します。一挙に配色濃くなった藤原信頼は、落ち延びることをはかります。また義朝も討ち死にを覚悟しますが、蒲田正清に諌められ、再起を図るため東国に逃れることを決意します。しかし、尾張の国まで逃げてきたものの、源家代々の家臣、長田庄司忠宗に謀られ、横死することになります。一方都では、信頼ら反乱軍の首謀者らは、仁和寺に後白河法皇を頼って逃げ込みましたが、許されることなく罪を受けます。中でも信頼は、六条河原で処刑されました。東国に落ち延びる途中、義朝一行とはぐれてしまった兵衛佐頼朝は、長田忠宗の罠から逃れる結果になり、青墓の宿で義朝と別れた悪源太義平と同じく、無事でした。

 

1 待賢門の軍並びに信頼落つる事
 六波羅勢は義朝軍に攻められて、引き上げるふりをして、内裏軍をおびき出し、その間に内裏を占領すると言う作戦に基づいて、戦いを進めました。まず内裏の諸門で激しい戦闘を行った後、各攻撃軍は源氏軍に抑えられ、六波羅に引き上げて行きます。やがて源氏軍は平家を追って、内裏を飛び出します。しかし、作戦通り六波羅軍は内裏に入り、諸門を固めました。背後を絶たれた義朝軍は仕方なく六波羅へと寄せて行きます。内裏では右門衛督藤原信頼が、敗戦を悟ったのか落ち延びようとします。また悪源太義平と左衛門佐平重盛の激闘も、この章にて語られます。      原帖と現代語訳

2 義朝六波羅に寄せらるる事並びに頼政心替りの事付けたり漢楚戦ひの事
 義朝軍は六波羅に押し寄せると、閧の声を上げます。清盛の慌て振りが語られます。悪源太義平は六条河原で控えている、兵庫頭源頼政の態度に不審を抱き、真意を問い質そうとしました。しかし、頼政はこれ幸いに源氏を見捨てるのでした。このような例は、異国においても過去にありました。       原帖と現代語訳

3 六波羅合戦の事
 悪源太義平は六波羅の門内に攻め込み、清盛と対峙しますが、平家軍の武者にさえぎられます。一進一退の戦いが続きますが、やがて源氏軍は兵士の疲労や、武具の損傷、後続部隊のないことなど、敗色が濃くなり六波羅を退却します。義朝は義平軍の潰走を見て、今はこれまでと討ち死にを覚悟しますが、鎌田正清に諌められ、落ち延びることになります。       原帖と現代語訳  

4 義朝敗北の事
 激しく戦いながらも落ち延びていく義朝です。途中で鎌田正清に預けおいた娘を不憫だからと殺害し、また山法師らと戦いながら龍華越えを落ちていきます。落ち延びていく途中で信頼一行らと遭遇しますが、ここでも信頼を侮辱する義朝でした。後藤兵衛眞基に預けていた姫君を守り育てるために、眞基を龍華より引き返させました。その後源氏の世になってから、一条二位中将能保の妻として嫁がせました。       原帖と現代語訳

5 信頼降参の事並びに最後の事
 義朝に鞭で頬を打たれても何も言うことの出来なかった主人を見限り、従者達は逃げてしまいました。乳人子の式部大夫と二人になった信頼は、仁和寺に助けを求めます。仁和寺には多くの謀反者が、後白河上皇に助けを求めてやってきていました。しかし、上皇の願いは聞き入れられずに、六波羅の武者に身柄を拘束されます。信頼も例に漏れることなく身柄を拘束され、六条河原で処刑されます。      原帖と現代語訳

6 官軍除目を行はるる事付けたり謀叛人官職を止めらるる事
 伏見源中納言師仲は、内侍所が東国に持っていかれそうになったのを止めた事を理由に、罪を許されます。また叙位除目が行われ、平家の人々はそれぞれ官位、官職を授けられます。また反乱軍の人々は、官位官職を取り上げられました。そして一部の人たちは探し出されて、遠流の処置になりました。栄枯盛衰が語られます。      原帖と現代語訳  

7 常葉註進並びに信西子息各遠流に処せらるる事
 左馬頭義朝には常葉との間に三人の子供達がいました。東国に落ちて行く途中、金王丸を呼び、常葉に子供たちと共に身を山野に隠して、やがて自分からの呼びかけを待つようにと伝えさせました。信西入道の子供らは何かと優秀だったのですが、西海、東国に送られて行きました。      原帖と現代語訳

8 義朝青墓に落ち著く事
 堅田まで落ちてきた義朝は、そこで伯父の陸奥六郎義隆を弔ってから、家来達に暇をだし、わずか八騎になって東国を目指しました。途中頼朝が遅れてはぐれますが、鎌田に探し出され合流します。しかし、再び頼朝は行方が分からなくなります。やがて青墓の宿に到着し、そこから義平には東山道、朝長には中仙道、そして義朝は東海道に向かって、都を目指すことにします。しかし、朝長は龍華で負った傷が悪化し、引き返してきます。やむなく義朝は朝長を殺害しますが、我が娘、頼朝、朝長となくして悲しみは大変なものでした。      原帖と現代語訳

9 義朝野間下向の事付けたり忠宗心替りの事
 いつまでも青墓の宿にとどまっている訳にもいかず、出発しようとしているところに、役人が多数押し寄せて来ました。そこは佐渡式部大夫源重成の犠牲によって脱出します。途中より海上に逃れて源家代々の家臣であり、また鎌田兵衛政家の舅である長田忠宗を頼って、野間の内海に行きます。ところが長逗留を勧められ、正月三日、忠宗、景宗親子の謀略により、義朝は湯殿でだまし討ちに会い、鎌田も殺害されます。      原帖と現代語訳

10 頼朝青墓に下著の事
 義朝一行とはぐれてしまった頼朝は、親切な老夫妻や鵜飼の世話になりながら、青墓の宿に到着します。しかし、義朝一行らとは出会えず、再び東国に向けて出発します。      原帖と現代語訳

 

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