班女    七月 二級

木村 満雄

 

  美濃国・野上の宿に立ち寄った吉田少将は、遊女・花子と契り、互いの扇を取り交わした。それ以来花子は遊女としての勤めも忘れ、

部屋にこもってその扇を眺め暮らすばかり。人々は、寵を失った自らの身を夏が果て見捨てられた秋の扇になぞらえた班□□(ハンショウヨ)

『「しょう」は女偏に捷の右側、「よ」は女偏に予』に装えて、班女と揮名して呼ぶ。

 野上の宿の長は、勤めをしない花子を腹立ちのあまり追放した。

 吉田少将は東国からの帰りに野上の宿に立ち寄り、花子の消息を尋ねる。すでに花子は追いだきれた後でした。少将は失意のうちに

都へと帰る。

 京都下賀茂、糺の森の社。吉田少将は祈念するところあってこの社に詣でた。

   恋慕故に物狂いとなった花子がこの社に現れ、少将との再会を神々に祈念する。無慈悲にも、

   面白く狂えと声をかけ、花子の狂気は募る。必ず迎えに来るという男の約束もあてにならず、

   空しく待つ夜が重なるばかりと、ゆれる心のままに狂い舞う。やがて女の扇に気づいた吉田少将は

   女の扇と自分の持つ扇とを見較べ、再会を喜び合って、妹背の契りを結びました。 

   地方の女が都の貴族に寄せる思慕の情をやさしく哀れに描こうとした曲で、その手段として扇を使い、

   秋扇の情趣を利用したもの。

 

   前シテ     花子             後シテ     前同人

   ワキ      吉田少将         ワキツレ    従者(二〜三人) 

          

 

『狂言  「かやうに候者は、美濃の國野上乃宿の長にて候。さても我花子と申す女を持ちて候が、過ぎにし春の頃都より、吉田の何某殿と

       やらん申す人の東へ下り給ひ候が、この宿に泊り給ひてかの花子を愛させ給ひけるが、扇を取り替へて下り給ひしより、花子扇に

       眺め入り閨の外に出づる事なく候程に、かの人を呼び出し追ひ出さばやと思ひ候。さても花子、今日よりしてこれには叶ひ候まじ。

       疾く疾く何方へも御出で候へ

                                       狂言終り』

 

  シテ 「げにやもとよりも定めなき世と云ひながら、憂き節(ふし)しげき川竹の、流れ乃身こそ悲しけれ

下歌

    「分け迷ふ行方も知らで濡衣(ぬれごろも)

上歌

     「野上の里を立ち出でて、野上乃里を立ち出でて、近江路なれど憂き人に、別れしよりの袖乃露そのまヽ消えぬ身ぞつらき、そのまヽ

      消えぬ身ぞつらき

                                 中入

次第

  ワキ・ワキツレ 「歸るぞ名残富士の嶺(ね)乃、帰るぞ名残富士の嶺乃、行きて都に語らん

名ノリ

  ワキ 「これは吉田の少将とは、我が事なり。さても我過ぎにし春の頃、東(あずま)に下り、はや秋にもなり候へば、只今都に上り候

道行

  ワキ・ワキツレ 「都をば、霞と共に立ち出でて、霞と共に立ち出でて、暫し程経(ふ)る秋風の、音白河(おとしらかわ)の関路(せきじ)より、

             また立ち帰る旅ごろも。浦山過ぎて美濃の國。野上の里に着きにけり、野上の里に着きにけり

  ワキ 「いかに誰かある。急ぐ間(あいだ)これははや美濃の國野上の宿(しゅく)にて候。この所に花子(はなご)と云ひし女に契りし事あり。

      未(いま)だこの所にあるか尋ねて来り候へ

  ワキツレ 「畏って候。花子(はなご)の事を尋ね申して候へば、長(ちょう)と不和なる事の候ひて、今はこの所には御(おん)入(に)りなき由

         申し候

  ワキ 「さては定めなき事ながら、もしその花子歸り来る事あらば、都へ序(ついで)の時は申し上(のぼ)せ候へと堅く申し付け候へ。

      我宿願乃子細あれば、これより直(すぐ)に糺(ただす)へ参らうずるにて候。皆々参り候へ

  後シテ 「春日野の雪間を分けて生(お)ひ出で来(く)る、草のはつかに見えし君かも             『はつか:わずか。ほのか』

       「よしなき人に馴衣(なれごろも)の。日を重ね月は行けども

       「世を秋風の便(たより)ならでは、ゆかりを知らする人もなし。夕暮の雲乃旗手(はたて)に物を思ひ

       「上(うわ)の空にあくがれ出でて

       「身を徒(いたづ)らになす事を、神や佛も憐みて

       「思ふ事を叶へ給へ。それ足柄箱根玉津島。貴船(きぶね)や三輪の明神は(な)、夫婦(ふうふ)男女(なんにょ)の語らひを、

       守らんと誓ひおはします。この神々に祈誓(きせい)せば、などか験(しるし)のなかるべき。謹上(きんじょう)、再拝

一セイ

      「戀すてふ、我が名はまだき立ちにけり

    「人知れずこそ、思ひ初めしか

  シテ 「あらうらめし乃人ごころや

      「げにや祈りつヽ御手洗川(みたらしがわ)に戀せじと、誰か言ひけん虚言(そらごと)や。されば人心(ひとごころ)、誠(まこと)少なき

      濁江(にごりえ)の、澄(す)まで頼まば神とても受け給はぬは理(ことわり)や。とにもかくにも人知れぬ、思ひの露乃

                       『濁江:新古今和歌集・濁江のすまむことこそ難からめいかでほのかに影を見せまし』

下歌

    「置き所何処(いづく)ならまし身の行方

上歌

     「心だに、誠の道に叶ひなば、誠乃道に叶ひなば、折らずとても、神や守らん我等まで。真如の月は曇らじを、知らで程(ほど)経(へ)し

      人心(ひとごころ)。衣の珠はありながら、憾(うら)みありやともすればなほ同じ世と、祈るなり、なほ同じ世と祈るなり

  ワキツレ 「いかに狂女(きょうじょ)。何とて今日は狂はぬぞ面白う狂ひ候へ

  シテ 「うたてやなあれ御覧ぜよ今までは揺がぬ梢と見えつれども、風の誘へば一葉(ひとは)も散るなり

                           『うたて:鬱陶しい、ますます事態が悪化するさま』

      「たまたま心直(すぐ)なるを、狂へと仰せある人々こそ、風狂じたる秋の葉の、心も共に乱れ戀(ごい)の。あら悲しや狂へとな仰せ

      ありさむらひそよ

  ワキツレ 「さて例の班女(はんじょ)の扇は候

  シテ 「現(うつつ)なや我が名を班女と呼び給ふぞや。よしよしそれも憂き人の、形見の扇、手にふれて、うち置きがたき袖の露。

      故事(ふること)までも思ひ出づる

      「班女が閨(ねや)の中(うち)には秋乃扇の色。楚王(そおう)の臺(うてな)乃上には夜の琴(きん)乃聲

               『臺:台・四方を見渡せるように高く作った建物・高殿・倭人伝の中に天子にいたることを、「臺に詣る」と書いてある』

下歌  【 】小謡

    【「夏はつる。扇と秋の白露と、何れか先に起臥(おきふし)乃床(とこ)。すさましや獨寝(ひとりね)の、淋しき枕して閨の月を眺めん

      「月重山(ちょうざん)に隠れぬれば、扇を挙げてこれを喩(たと)へ

  シテ 「花巾上(きんじょう)に散りぬれば                『巾上:扇の一部』

    「雪を集めて、春を惜しむ

  シテ 「夕べの嵐朝(あした)の雲。何れか思ひ乃端(つま)ならぬ

    「淋しき夜半(よわ)の鐘乃音(おと)。鶏籠(けいろう)の山に響きつヽ、暁(あ)けなんとして別れを催し

                        『鶏籠の山:平家物語・鶏籠の山明けなんとすれども、家路はさらに急がれず

  シテ 「せめて閨洩る月だにも

    「暫し枕に残らずして、また獨寝(ひとりね)になりぬるぞや

      「翠帳紅閨(すいちょうこうけい)に、枕ならぶる床(ゆか)の上。馴れし衾(ふすま)の夜すがらも、同穴(とうけつ)乃跡夢もなし。

      よしそれも同じ世の、命のみをさりともと、壁生草(いつまでぐさ)乃露乃間(ま)も、比翼連理の語らひその驪山宮の私語(ささめごと)も、

      誰か聞き傅(つた)へて今の世まで洩らすらん。さるにても我が夫(つま)乃、秋より前(さき)に必ずと、夕べの数は重なれど、徒(あだ)し

      言葉の人心(ひとごころ)。頼めて来ぬ夜は積れども、欄干に立ちつくして、其方(そなた)の空よと眺むれば、夕暮の秋風嵐山颪野分も

      あの松をこそは訪(おとづ)るれ。我が待つ人より乃音信(おとづれ)を何時か聞かまし

          『翠帳紅閨:緑のとばりをかけた紅色の寝室のことで、遊女の寝室

          『同穴:偕老同穴・生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られる意で、夫婦が仲むつまじく連れ添うこと

          『壁生草:古名は、かべくさ(壁生草)、別名には、冬に葉が落ちないことからフユヅタ、葉が常緑からイツマデグサやカンヅタ

          『比翼連理:夫婦仲のよい』      『驪山宮:玄宗皇帝が華清宮を作る』

  シテ 「せめてもの、形見の扇手にふれて

    「風の便(たより)と思へども、夏もはや杉の窓の。秋風冷ややかに吹き落ちて團雪(だんせつ)乃、扇も雪なれば、名を聞くもすさましくて、

      秋風(しゅうふう)怨みあり。よしや思へばこれもげに逢ふは別れなるべしその報いなれば今さら、世をも人をも怨むまじ、ただ思はれぬ

      身の程を、思ひつづけて獨居(ひとりい)の、班女(はんじょ)が閨(ねや)ぞ淋しき

      「繪に描ける

ワカ

  シテ 「月を蔵(かく)して懐に、持ちたるあふぎ

    「取る袖も三重襲(がさね)

            『三重襲:服を表・中・裏と重ねて着る事、その衣服、その配色』

            『三重襲:檜扇は両側の親骨を檜の薄板三枚(又は五枚)重ね、その上を桜の薄様で包んだ故、三重重ねと云う』 

  シテ 「その色衣(いろぎぬ)の

    「夫(つま)の約言(かねこと)

            『約言:中国語(ユエイエン)で約束、心と心の約束、絶対に守らなければならない約束といったニュアンスの言葉』

  シテ 「必ずと夕暮乃、月日も重なり

    「秋風は吹けども、荻(おぎ)の葉乃

  シテ 「そよとの便(たより)も聞かで

    「鹿の音(ね)虫乃音も、かれがれの契り。あら由なや

  シテ 「形見の扇より、なほ裏表あるものは人心(ひとごころ)なりけるぞや。扇とは虚言(そらごと)や逢はでぞ戀は添ふものを、逢はでぞ

      戀は添ふものを

  ワキ 「いかに誰かある。あの狂女(きょうじょ)が持ちたる扇見たき由、申し候へ

  ワキツレ 「いかに狂女。あのお輿(こし)の内より、狂女の持ちたる扇御覧じたきとの御(おん)事にて候参らせられ候へ

  シテ 「これは人のかたみなれば、身をはなさで持ちたる扇なれども

      「形見こそ今は徒(あだ)なれこれなくは、忘るヽ隙(ひま)もあらましものをと

下歌

     「思へどもさすがまた、添ふ心地する折々は、扇取る間も惜しきものを人に見する事あらじ

ロンギ

    「此方にも、忘れ形見の言乃葉を、磐手(いわで)の森乃下躑躅(したつつじ)。色に出でずはそれぞとも、見てこそ知らめこの扇

  シテ 「見てはさて、何の為ぞと夕暮の、月を出(いだ)せる扇の繪乃。かくばかり問ひ給ふは何のお為なるらん

    「何ともよしや白露乃。草の野上乃旅寝せし契りの秋は如何ならん

  シテ 「野上とは、野上とは東路(あずまじ)の。末の松山、波越えて歸らざりし人やらん

    「末の松山立つ波の、何か怨みん契り置く

  シテ 「形見乃扇其方(そなた)にも

    「身に添へ持ちしこの扇

  シテ 「輿の内より

    「取り出(いだ)せば、折節黄昏(たそかれ)に。ほのぼの見れば夕顔の、花を描きたる扇なり。この上は惟光(これみつ)に

      紙燭(しそく)召して、ありつる扇、御覧ぜよ互に。それぞと知られ白雪の、扇のつま乃形見こそ妹背(いもせ)の仲の、情なれ、

      妹背の仲の情なれ

          『惟光に紙燭召して:源氏物語・夕顔の巻・光源氏と夕顔の宿の女との出会いから死別までを歌ったもの。惟光に紙燭を

           持って来させて、扇を御覧になると、使い慣らして移り香が深くしみこんで人懐かしく、美しい筆跡で書き流してある』

 

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