鉢木    十二月 九番習

木村 満雄

    ★ 何かの作業音が気になる。カット出来れば良いのだが。

 

   鎌倉時代の出来事です。大雪で難渋している旅僧(実は北条時頼)が、佐野源左衛門常世の家へ来て、一夜の宿を乞います。

 留守番の妻は、主人の留守を理由に断わリますが僧は帰宅を待ちます。帰宅をした常世は、貧困を理由に宿を断わリます。

 見兼ねた妻の一言により、常世は僧を呼び戻し、泊めることにしましたが、食べる物も粟の飯、暖を取る薪も秘蔵の梅桜松の鉢木(盆栽)を

 切るという状態です。

   しかし、常世は一族に所領を奪われて零落した身ではあるが、いざ鎌倉と言う時の備えを、僧に語りました。

   夜が明けて、僧は名残を惜しみながら旅立ちました。 

   この僧は、鎌倉の将軍最明寺実信でした。鎌倉に帰った最明寺は、即刻関東八ケ国の兵を集めました。

   勿論、常世も痩せ馬に鞭を打ち、錆びた薙刀をもって駆け付けました。常世は、万座の前で最明寺より、

   その心掛けを讃められ、横領されていた本領も戻り、勇んで痩せ馬に跨って、佐野へ帰りました。 

 

   前シテ      佐野源左衛門 常世       後シテ      前同人

   ツレ 前     常世の妻              前ワキ      旅僧

   後ワキ      最明寺時頼            ワキツレ    二階堂某

 

 ⇒  「菱田春草筆」

     標題「時頼」とあるように、この僧は、若くして剃髪し、国情を知るため、諸国を行脚した北条時頼である。

     

          

 

次第  

  ワキ 「行方定めぬ道なれば、行方定めぬ道なれば来(こ)し方(かた)も何處(いづく)ならまし

名ノリ

      「これは一所不住(いっしょふじゅう)の沙門(しゃもん)にて候。我この程は信濃の國に候ひしが、餘りに雪深くなり候程に、

      まづこの度は鎌倉に上(のぼ)り、春になり修行に出でばやと思ひ候         『沙門:出家して仏道を修行する者』

道行

      「信濃なる、浅間の嶽(だけ)に立つ煙、浅間の嶽に立つ煙。遠近人(おちこちびと)乃袖寒く、吹くや嵐の大井川捨つる身になき

      伴(とも)の里。今ぞ浮世を離れ坂(ざか)。墨の衣乃碓氷川(うすいがわ)、下す筏の板鼻(いたばな)や、佐野のわたりに着きにけり、

      佐野のわたりに着きにけり

         『碓氷川:群馬県と長野県との境界碓氷峠に端を発し、安中市をへて高崎市で烏川へと合流する』       『板鼻:板鼻宿

         『佐野:佐野宿。北条時頼を盆栽を焚いてもてなしたと言う常世の、隠遁地であった後に建てられたと言う常世神社がある』

      「急ぎ候程に、上野の國佐野乃わたりに着きて候。あら笑止や、また雪の降り来りて候。この所に宿を借らばやと思ひ候。

      いかにこの屋の内へ案内申し候

  ツレ 「誰にて渡り候ぞ

  ワキ 「これは修行者(しゅぎょうじゃ)にて候。一夜の宿を御(おん)貸し候へ

  ツレ 「易き御(おん)事にて候へども、主(あるじ)の御(おん)留守にて候程に、お宿は叶ひ候まじ

  ワキ 「さらば御(おん)歸りまでこれに待ち申さうずるにて候

  ツレ 「それはともかくもにて候。わらはは外面(そとも)へ出で迎ひ、この由を申さばやと思ひ候

  シテ 「あヽ降ったる雪かな。いかに世にある人の面白う候らん。それ雪は鵝毛(がもう)に似て飛んで散乱し、人は鶴しょう《幤の下の巾を毛に》

      (かくしょう)を被(き)て立って徘徊すと云へり。されば今降る雪も、もと見し雪にかはらねども。我は鶴しょうを被(き)て立って徘徊すべき

              『雪は鵝毛以下:和漢朗詠集「雪は鵝毛に似て飛んで散乱し、人は鶴ショウを被て立つて徘徊す」

              『鵝毛:がちょうの羽毛。多い、白い、軽いものの例えとする』     『しょう羽。鳥のはねを縫いあわせてひろげた衣』

              『鶴しょう諸葛亮が鳥羽でできた道服のようなものを着ていた。ダウンウェアみたいなもの。鶴に似ているから鶴しょう

      「袂も朽ちて袖狭(せば)き。細布衣(ほそぬのごろも)陸奥の、今日の寒さを如何にせん。あら面白からずの雪乃日やな

      「あら思ひ寄らずや、この大雪に何とてこれに佇(たたず)みて御(おん)入(に)り候ぞ

  ツレ 「さん候。修行者(しゅぎょうじゃ)の御(おん)入(に)り候が、一夜のお宿と仰せ候程に、御(おん)留守の由申して候へば、御(おん)歸り

      まで御(おん)待ちあらうずる由、仰せ候程に、これまで参りて候

  シテ 「さてその修行者(しゅぎょうじゃ)は何處(いづく)にわたり候ぞ

  ツレ 「あれに御(おん)入(に)り候

  ワキ 「我等が事にて候。未(いま)だ日は高く候へども、餘りの大雪にて前後を忘じて候程に、一夜の宿を御(おん)貸し候へ

  シテ 「易き御(おん)事にて候へども、餘りに見苦しく候程に、お宿は叶ひ候まじ

  ワキ 「いやいや見苦しきは苦しからぬ事にて候。平(ひら)に一夜を御(おん)貸し候へ

  シテ 「泊(と)め申したくは候へども、我等夫婦さへ住みかねたる體(てい)にて候程に、なかなかお宿は思ひも寄らぬ事にて候。これより

      十八町あなたに、山本の里とてよき、泊(とま)りの候。日の暮れぬ前(さき)に一足も早く御(おん)出(に)で候へ

  ワキ 「さてはしかとお貸しあるまじいにて候か

  シテ 「御(おん)傷(にた)はしくは存じ候へども、お宿は参らせがたう候

  ワキ 「あら曲もなや。由なき人を待ち申して候ものかな      『曲:道理の上で曲がっていること、正しくないこと。おもしろみ』

  ツレ 「浅ましや我等かやうに衰ふるも、前世の戒行(かいぎょう)拙き故なり。せめてはかやうの人に値遇(ちぐ)申してこそ、後の世乃

      便(たより)ともなるべけれ。然るべくは御(おん)宿(にゃど)を参らさせ給ひ候へ

           『戒行:すべての行為を戒律に従って行うこと』    『値遇:前世の宿縁によって現世で出会うこと。仏縁ある者に会うこと』

  シテ 「さやうに思し召さば、何とて以前には承り候はぬぞ。いやこの大雪に遠くは御(おん)出(に)で候まじ。某(それがし)追っつき留め申し

      候べし。なうなう旅人お宿参らせうなう。餘りの大雪に申す事も聞えぬげに候。傷はしの御(おん)有(なり)様やな。もと降る雪に道を

      忘れ、今降る雪に行方(ゆきがた)を失ひ一所(ひとところ)に佇(たたず)みて、袖なる雪をうち拂ひうち拂ひし給ふ気色

      「古歌(こか)の心に似たるぞや。駒とめて、袖うち拂ふ蔭もなし

      「佐野のわたりの雪乃夕暮。かやうに詠みしは大和路や

      「三輪が崎なる佐野のわたり          『駒とめて以下:新古今671・定家』

               『佐野のわたり:万葉集。「苦しくもふりくる雨か神(みわ)が崎狹野(さの)のわたりに家もあらなくに」』

下歌

    「これは東路(あずまじ)の、佐野のわたりの雪の暮に迷ひ疲れ給はんよ(にょ)り、見苦しく候へど一夜は泊り給へや

上歌  【 】小謡

     「げにこれも旅の宿、げにこれも旅の宿。假初(かりそめ)ながら値遇(ちぐ)の縁、一樹の蔭の宿りもこの世ならぬ契りなり。それは雨の

      木蔭これは雪の軒古(ふ)りて、憂き寝ながらの草枕夢より霜や、結ぶらん、夢より霜や結ぶらん

  シテ 「いかに申し候。お宿は申して候へども、何にても候へ参らせうずるものも、なく候は如何に

  ツレ 「折節これに粟の飯(いい)の候程に、苦しからずは参らせられ候へ

  シテ 「さらばその由申し候べし。いかに申し候。お宿をば参らせて候へども、何にても参らせうずるものもなく候。折節これに粟乃飯(いい)の

      ある由申し候。苦しからずは聞(きこ)し召され候へ

  ワキ 「それこそ日本一(にっぽんいち)の事にて候、賜はり候へ

  シテ 「なう聞(きこ)し召されうずると仰せ候。急いで参らせられ候へ

  ツレ 「心得申し候

  シテ 「總じてこの粟と申すものは、古(いにしえ)世に在りし時は、歌に詠み詩に作りたるをこそ承りて候に、今はこの粟を以って身命をつぎ候。

      げにや盧生(ろせい)が見し榮華の夢は五十年。その邯鄲(かんたん)の假枕。一炊(いっすい)乃夢の覺めしも。粟飯(あわいい)かしく

      程ぞかし。哀れやげに我も、うちも寝て、夢にも昔を見るならば、なぐさむ事もあるべきに

      「なう御覧ぜよかほどまで

下歌

    「住みうかれたる古里(ふるさと)乃。松風寒き夜もすがら、寝られねば夢も見ず、何思ひ出のあるべき

  シテ 「夜の更くるについて次第に寒くなり候。何をがな火に焚いてあて参らせ候べき。や、思ひ出(いだ)したる事の候。鉢の木を持ちて候。

      これを切り火に焚いて、あて申し候べし

  ワキ 「げにげに鉢乃木の候よ

  シテ 「さん候某(それがし)世に在りし時は、鉢の木に好き數多(あまた)木を集め、持ちて候ひしを、かやうの體(てい)にまかりなり。いやいや

      木好きも無用と存じ、みな人に参らせて候、さりながら、今も梅(んめ)櫻松を持ちて候。あの雪持ちたる木にて候。某(それがし)が

      秘蔵(ひそう)にて候へども、今夜(にゃ)のおもてなしに、これを火に焚き、あて申さうずるにて候

  ワキ 「いやいやこれは思ひも寄らぬ事にて候。御(おん)志はありがたう候へども、自然又おこと世に出で給はん時の御(おん)慰みにて候間、

      なかなか思ひも寄らず候

  シテ 「いやとてもこの身は埋木(んもれぎ)の、花咲く世に遇はん事。今この身にては遇ひ難し

  ツレ 「ただ徒(いたづ)らなる鉢の木を、御(おん)身の為に焚くならば

  シテ 「これぞ眞(まこと)に難行乃、法(のり)の薪と思し召せ

  ツレ 「しかもこの程雪降りて

  シテ 「仙人に仕へし雪山(せっせん)乃薪

  ツレ 「かくこそあらめ

  シテ 「我も身を

    「捨人(すてびと)の為乃鉢の木切るとてもよしや惜しからじと。雪うち拂ひて見れば面白や如何にせん。まづ冬木より咲き初(そ)むる、

      窓の梅(んめ)の北面は(な)、雪封(ほう)じて寒きにも、異木(ことき)よりまづ先だてば梅を切りや初むべき。見じといふ、人こそ憂けれ

      山里の、祈りかけ垣(がき)の梅をだに、情なしと惜しみしに、今更薪になすべしとかねて思ひきや

      「櫻を見れば春毎に、花少し遅ければ、この木や侘(わ)ぶると心を盡し育てしに。今は我のみ侘びて住む、家櫻(いえざくら)切りくべて

      緋櫻になすぞ悲しき

  シテ 「さて松はさしもげに

    「枝を撓(た)め葉をすかしてかヽりあれと植ゑ置きし。そのかひ今は嵐吹く。松はもとより煙にて、薪となるも理(ことわり)や切りくべて

      今ぞ御垣守(みかきもり)。衛士(えじ)の焚く火はおためなりよく寄りてあたり給へや

           『御垣守:宮廷の諸門を警固する者』     『衛士:皇居の門の守り手』

           『御垣守以下:詞花集巻七。「みかきもり衛士のたく火の夜はもえ昼はきえつつ物をこそ思へ」』

  ワキ 「近頃よき火にあたり寒さを忘れて候

  シテ 「御(おん)出(に)でにより我等も火にあたりて候

  ワキ 「いかに申し候。主(あるじ)の御名字をば何と申し候ぞ承りたく候

  シテ 「いや某(それがし)は名字もなき者にて候

  ワキ 「何と仰せ候とも常人(ただびと)とは見え給はず候。自然の時乃為にて候。何の苦しう候べき御名字を承り候べし

  シテ 「この上は何をか裹(つつ)み候べき。これこそ佐野の源左衛門の尉(じょう)常世(つねよ)がなれる果(はて)にて候

  ワキ 「それは何とてかやうの散々の體(てい)にはなり給ひて候ぞ

  シテ 「その事にて候。一族どもに押領(おうりょう)せられて、かやうの身となりて候

  ワキ 「なうそれは何とて鎌倉へ御(おん)上(のぼ)り候ひて、その御沙汰は候はぬぞ

  シテ 「運の盡くる處は、最明寺(さいみょうじ)殿さへ修行に御(おん)出(に)で候上は候。かやうに落ちぶれては候へども。御覧候へこれに

      物具(もののぐ)一領長刀一えだ。又あれに馬(んま)をも一匹つないで持ちて候。これは只今にてもあれ鎌倉に御(おん)大事あらば、

      ちぎれたりともこの具足取って投げかけ、錆びたりとも長刀を持ち、痩せたりともあの馬に乗り、一番に馳せ参じ着到(ちゃくとう)に附き

      「さて合戦(かせん)始まらば

上歌

    「敵(かたき)大勢ありとても、敵大勢ありとても。一番に破(わ)って入り思ふ敵(かたき)と寄り合ひ打ちあひて死なんこの身乃。このまヽ

      ならば徒(いたづ)らに、飢に疲れて死なん命(にのち)、なんぼう無念の事ざうぞ

ロンギ

  ワキ 「よしや身の、かくては果てじただ頼め。我(われ)世の中にあらん程、又こそ参り候はめ暇申して出づるなり

  シテ・ツレ 「名残惜しの御(おん)事や。はじめは裹(つつ)む我が宿の、さも見苦しく候へど、暫しは留り給へや

  ワキ 「留る名残のまヽならば、さて幾度(いくたび)か雪の日乃

  シテ・ツレ 「空冴え寒きこの暮に

  ワキ 「何處(いづく)に宿を狩衣

  シテ・ツレ 「今日ばかり留り給へや

  ワキ 「名残は宿に留れども、暇申して

  シテ・ツレ 「御(おん)出(に)でか

  ワキ 「さらばよ常世

  シテ・ツレ 「またお入(い)り

    「自然鎌倉に御(おん)上(のぼ)りあらばお訪ねあれ。けうがる法師なりかひがひしくはなけれども、披露の縁に、なり申さん。御沙汰

      捨てさせ給ふなと、言ひ捨てヽ出船(いでぶね)の共に名残や、惜しむらん、共に名残や惜しむらん

                                  中入

  後シテ 「いかにあれなる旅人。鎌倉へ勢の上(のぼ)ると言ふは眞(まこと)か。なに夥しく上る、さぞあるらん。東八箇國(とうはっかこく)の

        大名小名、思ひ思ひの鎌倉入り、さぞ見事にて候らん。白金物(しらがなもの)打ったる糸毛(いとげ)の具足に、金銀を延べたる

        太刀刀。飼ひに飼うたる馬に乗り、乗替(のりがえ)中間(ちゅうげん)きらびやかに、うち連れうち連れ上(のぼ)る中に、常世が常に

        変りたる。馬物具(もののぐ)や打物(うちもの)の、物その物にあらざる気色

                    『東八箇國:足柄の関以東の八か国の総称。相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野』

       「さぞ笑(わろ)ふらんさりながら、所存は(な)誰にも劣るまじと、心ばかりは勇めども、勇みかねたる痩馬(やせんま)の。

       あら、道おそや         『所存:心中に思っていること、考え、おもわく』

    「急げども、急げども。弱きに弱き、柳の糸乃

  シテ 「よれによれたる痩馬(やせんま)なれば

    「打てどもあふれども先へは進まぬ足弱車(あしよわぐるま)の、乗り力(ぢから)なければ追ひかけたり

  後ワキ 「いかに誰かある

  ワキツレ 「御(おん)前に候

  ワキ 「國々の軍勢どもは皆々来りてあるか

  ワキツレ 「さん候悉く参りて候

  ワキ 「その諸軍勢の中に、いかにもちぎれたる具足を著(き)、錆びたる長刀を持ち、痩せたる馬を自身ひかへたる武者一騎あるべし。

      急いで此方へ来れと申し候へ

  ワキツレ 「畏って候

 

『狂言

  ワキツレ いかに誰かある

  狂言 「御(おん)前に候

  ワキツレ 「君よりの御諚には、諸軍勢の中に、ちぎれたる具足を著(き)、錆びたる長刀を持ち、痩せたる馬を自身ひかへたる武者あるべし。

         急いで尋ねて御前(ごぜん)へ(ね)参れとの御(おん)事にて候

  狂言 「畏って候。いかに申し候

  シテ 「何事にて候ぞ

  狂言 「急いで御前へ御参り候へ

  シテ 「何と某に御前へ(ね)参れと候や

  狂言 「なかなかの事

  シテ 「あら思ひ寄らずや。定めて人違(ひとたが)へにて候べし

  狂言 「いやいや其方の事にて候その子細は、諸軍勢の中に、いかにも見苦しき武者を連れて参れとの御事にて候が、見申せば其方ほど

      見苦しき武者も候はぬ程に、さて申し候。急いで御参り候へ

  シテ 「何とたとへば諸軍勢の中に、いかにも見苦しき武者に参れと候や

  狂言 「なかなかの事

  シテ 「さては某(それがし)が事にて候べし。畏ったると御(おん)申し候へ

  狂言 「心得申し候                                          狂言終り』

 

 

  シテ 「げにげにこれも心得たり。某(それがし)が敵人(てきじん)謀反人と申し上げ、御前に召し出され頭(こうべ)を刎(は)ねられん為な。

      よしよしそれも力(ちから)なし。いでいで御前に参らんと

      「大床(おおゆか)さして見渡せば

    「今度の早打(はやうち)に、今度の早打に。上(のぼ)り集まる兵(つわもの)綺羅星(きらほし)の如く竝(な)み居たり。さて御前には

      諸侍。その外(ほか)數人(すじん)竝(な)み居つヽ、目を引き指をさし笑ひあへるその中に

  シテ 「横縫(よこぬい)の、ちぎれたる

    「古腹巻に錆長刀。やうやうに横たへ、わるびれたる気色もなく、参りて御前に畏(かしこま)る

  ワキ 「やあいかにあれなるは佐野の源左衛門の尉(じょう)、常世か。これこそいつぞやの大雪に宿借りし修行者(しゅぎょうじゃ)よ

      見忘れてあるか。いで汝佐野にて申せしよな。今にてもあれ鎌倉に御(おん)大事あるならば、ちぎれたりともその具足取って投げ懸け、

      錆びたりともその長刀を持ち、痩せたりともあの馬に乗り、一番に馳せ参るべき由、申しつる。言葉乃末(すえ)を違(たが)へずして、

      参りたるこそ神妙(しんびょう)なれ。まづまづ今度の勢(せい)づかひ全く餘(よ)の儀にあらず。常世が言葉の末(すえ)、眞(まこと)か

      偽りか知らん為なり。また當参(とうさん)の人々も、訴訟あらば申すべし理非(りひ)に依ってその沙汰致すべき所なり。まづまづ沙汰の

      始めには、常世が本領、佐野の庄。三十餘郷(よごう)返し與(あと)ふる所なり。また何よりも切なりしは、大雪降って寒かりしに、

      秘蔵(ひそう)せし鉢の木を切り、火に焚きあてし志をば何時の世にかは忘るべき。いでその時乃鉢の木は、梅櫻松にてありしよな。

      その返報(へんぽう)に加賀に梅田(んめだ)、越中に櫻井、上野(こうづけ)に松井田(まついだ)。合はせて三箇(さんが)の庄、

      子々孫々(そんぞん)に至るまで、相違あらざる自筆の状

      「安堵に取り添へ賜(た)びければ

  シテ 「常世はこれを賜はりて

    「常世はこれを賜はりて、三度頂戴仕り、これ見給へや人々よ。はじめ笑ひし輩(ともがら)も、これ程の御気色(ごきしょく)さぞ羨まし

      かるらん。さて國々の諸軍勢、みな御(おん)暇(にとま)賜はり故郷(ふるさと)へとてぞ歸りける

  シテ 「その中に常世は

    「その中に常世は喜びの眉を開きつヽ、今こそ勇めこの馬に、うち乗りて上野(かみつけ)や、佐野の船橋取り放(はな)れし。本領に

      安堵して、歸るぞ嬉しかりける、歸るぞ嬉しかりける

 

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