謡曲集目次  

    

亡き父(木村 満雄)の遺してくれたテープを、二十代頃に三、四年でケツを割った出来の悪い弟子が、劣化の進まない内に、

父への供養と思い整理しています。1980年頃に家で録音したものであり、また練習用に録音したものなので、色々と問題はあります。

すべて整理するには、もう少し時間がかかります。ボチボチとやって行きたいと思っています。

しかし、あと数曲のところでトラブルが発生し、録音した音源を誤って削除し、元のテープも処分していた為、ここまでです。

              2006.8〜2008.3    

 

                                                                                       五十音順

  曲名      作  者    場  所
  藍染川     ???   ???
  葵上     世阿弥元清   京 都
  蘆刈     世阿弥元清   摂津国尼崎市
  敦盛    世阿弥元清   摂津国神戸市須磨一ノ谷
  海士    世阿弥元清   讃岐国大川軍志度浦
  嵐山    金春禅鳳。但し自家伝抄には世阿弥元清作とある   山城国桂葛野郡嵐山
  井筒    世阿弥元清   大和国山邊郡丹波市町石上在原寺
  鵜飼    榎並左衛門五郎の原作を世阿弥元清が改作したもの   甲斐国東八代郡石和
  浮舟    ???   ???
  雲林院    世阿弥元清   京都洛北紫野雲林院
  江口    五音及び観世大夫書上によると観阿弥の作と思われるが、二百十番謳目録及び
   金春八左衛門書では禅竹の作とし、能本作者註文・歌謡作者考等には世阿弥作と
   ある。
  大阪市東淀川区江口町
      世阿弥元清   攝津国神戸生田神社内生田森
  老松    世阿弥元清   筑前国筑紫郡大宰府安楽寺
  大江山    世阿弥作とも宮増(みまし)作ともいう   丹波国大江山
  大原御幸    世阿弥元清。ただし能本作者註文及び歌謡作者考には作者不明   山城国愛宕郡大原村寂光院
  小塩    ???   山城国乙訓郡大原野村
  杜若    世阿弥元清   三河国碧海郡八幡
  景清    世阿弥元清   日向国宮崎市下北方
  柏崎    榎並左衛門五郎。ただし、現行曲は世阿弥の改作   前:越後国柏崎
  後:信濃国長野善光寺
  葛城    世阿弥元清   大和国南葛城郡葛城山
  鐵輪    二百十番謳目録と自家伝抄では世阿弥の作としているが、能本作者註文・
   歌謡作者考及び異本謳曲作者には作者不明とある
  前:山城国愛宕郡鞍馬村貴船神社
  後:京都上京一条葭屋町阿倍晴明邸
  兼平    世阿弥元清   近江国滋賀郡粟津原
  通小町    古曲を観阿弥清次が改作し、それを世阿弥元清がさらに改作したものとされる   前:山城国愛宕郡八瀬
  後:山城国愛宕郡市原野
  邯鄲    二百十番謳目録・自家伝抄は世阿弥作とし、能本作者註文・歌謡作者考・
   異本謳曲作者は作者不明としている
  支那河北省大名道邯鄲ノ里
      世阿弥元清   筑前国遠賀郡会芦屋町
  清経    世阿弥元清   京都
  鞍馬天狗    宮増某。ただし、自家伝抄には世阿弥の作としている   山城国愛宕郡鞍馬山
  玄象    自家伝抄・二百十番謳目録には金剛作、歌謡作者考・異本謳曲作者には
   河上神主作とある
  摂津国神戸市須磨浦
  小督    能本作者考・歌謡作者考・異本謳曲作者・二百十番謳目録・享保六年金春八左衛門
   書上では、いずれも金春禅竹の作としているが、自家伝抄のみは世阿弥元清の作と
   している
  山城国葛野郡下嵯峨
 小袖曽我    宮増某(自家伝抄)。ただし、能本作者註文・異本謳曲作者・古歌謡作者考は、
   ともに作者不明としている
  相模国下曽我
  櫻川    世阿弥元清   前:日向国児湯郡妻町
  後:常陸国真壁郡東那珂村磯部櫻川
  実盛    世阿弥元清   加賀国江沼郡篠原村笹原新
  猩々    作者不明。ただし、二百十番謳目録及び自家伝抄には世阿弥作とある   支那江西省潯陽道九江、揚子江
  須磨源氏    世阿弥元清。ただし、観世大夫書上は観阿弥・世阿弥両人の作としている   摂津国神戸市西須磨
  殺生石    日吉佐阿弥作。ただし、能本作者註文・歌謡作者考・異本謳曲作者はいずれも
   作者不明としている
  下野国那須郡那須湯本
  蝉丸    二百十番謳目録・能本作者註文・異本謳曲作者ではいずれも世阿弥元清の作と
   している。ただし作者註文及び謳曲作者には別作という旨の註記あり、歌謡作者考
   にも「世阿弥作共云」とある
  近江・山城国境逢坂山
  草子洗小町    世阿弥元清。ただし二百十番謳目録及び自家伝抄は観阿弥作   前:京都小野小町邸
  後:京都内裏
  忠度    世阿弥元清   摂津国神戸市須磨浦
  田村    世阿弥元清   京都洛東清水寺
  鶴亀    能本作者註文、自家伝抄、異本謳曲作者及び享保六年書上には、作者は勿論、
   曲名の所見もない。ただ明和本には本曲が収められ、二百十番謳目録に
   「作者未詳」とある
  唐土
  定家    享保六年観世大夫書上及び二百十番謳目録には世阿弥作とあるが、その他の
   諸書は禅竹の作としている。尤も自家伝抄だけには「但異作」と註記が加えられて
   いるから、禅竹作の「定家」は本曲とは別のものであろう
  京都上京区今出川千本東入
  般舟院前町
  天鼓    世阿弥元清   唐土
  唐船    外山又五郎吉広。能本作者註文には作者不明   筑前国粕屋郡箱崎
  東北    世阿弥元清   京都東北院
       能本作者註文には作者不明、二百十番謳目録には観世小次郎信光作とあるが、
   自家伝抄は世阿弥の作としている
  近江国滋賀郡粟津原
  朝長    世阿弥元清   美濃国不破郡青墓村
  仲光    能本作者註文には世阿弥の作として「金春大夫に遣之」と註記。歌謡作者考及び
   異本謳曲作者には世阿弥の作、但し金剛大夫直之と註記しているが、自家伝抄
   では宮増某の作となっている
  摂津国河辺郡多田村多田院
  難波    世阿弥元清   摂津国難波浦
      世阿弥元清。ただし、二百十番謳目録には観阿弥作   摂津国武庫郡芦屋ノ里
  野宮    世阿弥元清   山城国京都市嵯峨野野宮
  羽衣    世阿弥元清   駿河国三保松原
  鉢木    能本作者註文、歌謡作者考、異本謳曲作者は世阿弥の作とし、二百十番謳目録と
   自家伝抄とは観阿弥の作としているが、そのいずれであるかは断定し難い
  前:上野国群馬郡佐野村
  後:相模国鎌倉
  花筐    世阿弥元清。但し五音のよれば、本曲のクセは観阿弥清次作の曲舞「李夫人」を
   そのまま採ったものである。享保六年観世大夫書上及び二百十番謳目録が本曲の
   作者を観阿弥としているのは、おそらくこの事情に基づくものであろう
  前:越前国今立郡味眞野村
  後:大和国磯白郡安部村池内辺
  班女    世阿弥元清   前:美濃国不破郡野上宿
  後:京都洛北下鴨
  百萬    世阿弥元清。ただし、能作書に「昔の嵯峨物狂の狂女、今の百萬」とあることから、
   古曲の改作であることは明らかである。その原作である嵯峨物狂の作者は、
   多分世阿弥の父観阿弥であろう
  京都嵯峨清涼寺釈迦堂
 富士太鼓    二百十番謳目録、能本作者註文、歌謡作者考、異本謳曲作者等はみな世阿弥の
   作としているが、自家伝抄だけは禅竹作とし、「但異作、金剛大夫所望」と
   註記している
  京都
  藤戸    世阿弥元清   備前国児島郡藤戸町
  二人静    世阿弥元清   前:大和国吉野郡菜摘川
  後:同吉野山勝手神社
  船弁慶    観世小次郎信光   前:攝津国尼崎市大物浦
  後:攝津国茅渟海上
  巻絹    世子申楽談義・五音・観世大夫書上・能本作者註文・歌謡作者考・異本謳曲作者は
   すべて作者不明としている。但し、二百十番謳目録と自家伝抄だけは観阿弥の作と
   している
  紀伊国東牟婁郡熊野本宮
  松風    世阿弥元清。ただし、能作書に「昔汐汲みなり」とあるように、亀阿弥曲の汐汲みを
   改作したものである。なおその改作も、前段の汐汲みの段は観阿弥がこれを作り、
   後に世阿弥が更に「げにや思ひ内にあれば」のクドキの段を加えて一曲を改めた
   ことは五音の記事によって明らかである。したがって、観世大夫書上に「観阿世阿弥
   両作」とあるのも首肯し得るものである
  摂津国神戸市須磨浦
  松虫    能本作者註文・歌謡作者考・異本謳曲作者・二百十番謳曲目録は、いずれも
   世阿弥の作としているが、自家伝抄だけは金春禅作としている
  摂津国大阪市阿倍野
  三井寺    世阿弥元清   前:京都東山清水寺
  後:近江国大津市三井寺
  通盛    井阿弥   阿波国板野郡鳴門
  三輪    世阿弥元清   大和国磯城郡三輪
  和布刈    ???   長門國和布刈神社
  紅葉狩    観世小次郎信光。ただし、歌謡作者考・異本謳曲作者には世阿弥作とある   信濃国上水内郡戸隠山
  屋島    世阿弥元清   讃岐国木田郡屋島壇ノ浦
  山姥    世阿弥元清。二百十番謳目録及び金春八左衛門書上が金春禅竹としているのは
   疑問である。根本曲舞であったのを補完したものであろうと考えられる
  越後国西頚城郡上路山
  楊貴妃    金春禅竹。ただし自家伝抄のみは世阿弥作能の部と禅竹作能の部とに
   この曲名を挙げている
  仙界蓬莱宮太眞殿
  夜討曽我    ???   ???
  頼政    世阿弥元清   山城国久世郡宇治町平等院
  弱法師    観世十郎元雅。ただし、クセは世阿弥元清作   大阪天王寺

 

☆ 作者等については ”tanto's room” のページを参考(引用)にしております。