浮舟    季不知 三級

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★ 道行 「夕越え暮れし宿もはや」 より録音開始

 

 諸国をめぐっている僧が、宇治の里までやってくる。宇治川のほとりで里女が柴舟に乗ってやってきた。里女に「昔どんな人が住んでいたのか

話して下さい。」と頼むと、里女は「昔この辺りに浮舟という女性が住んでいました。」と語り始める。浮舟は薫中将に見初められこの宇治に

住まいしていたが、やがてそれが匂宮の知る所となり、匂宮は薫に知られない様に宇治に通ってくるようになってしまった。

 浮舟はどちらの男とも契ってしまった事を思い悩み、行方がわからなくなってしまった。自分は小野の里に住むものだが、どうか浮舟の

供養をしてもらえないかと語り、僧の前から姿を消してしまった。僧が不思議に思っていると、平等院へ参詣しようと里の人がやってくる。

里人に浮舟のことを尋ねると、浮舟というのは光源氏の弟八の宮の娘である。

匂宮が浮舟のところへ通っているのが世間に知られてしまい、浮舟は家を出て宇治川へ身を投げようと思ったがそれもできず、

変化にでも食われて死んでしまおうと思っているところへ、初瀬参りの途中の横川の僧都と大弐の尼が通りかかった。

 尼は自分のなくした娘に良く似ていたので、一緒に小野の里へ連れ帰り、加持祈祷をしたところ物の怪は去って浮舟は本心に立ち帰り、

出家して小野の里で死んだのだ、ということを聞いている、と里人は語った。僧は小野の里へと向い、とりあえず供養を始めると、狂女の姿の

浮舟が現れ、自分が死のうとして家を出た時のことを語り出す。人が寝静まったころに

   妻戸を開けて出てみると、風が激しく吹き荒れ、川の流れも荒く聞こえてきた。

   すると見知らぬ男が近づいてきて誘われ出てみたところ、心が空っぽに

   なってしまった。浮舟はそのときの心の苦しさを思い出したのか錯乱した

   態で舞う。僧の祈りが通じたのか、やがて観音の大慈大悲の力により、

   兜率天へと生まれ変わり、成仏できたことを喜びながら浮舟は消えて行く。

   前シテ      里女          後シテ      浮舟

   ワキ        旅僧

 ⇒「朝霧橋」 浮舟と匂宮が小舟で語り合う場面

名宣

  ワキ 「これは諸國一見の僧にて候。我この程は初瀬に候ひしが、これより都に上(のぼ)らばやと思ひ候

道行

     「初瀬山

★ ここより音声

     「夕越え暮れし宿もはや、夕越え暮れし宿もはや、檜原(ひばら)の外(よそ)に三輪の山。しるしの杉も、立ち別れ嵐と共に楢の葉乃、

      しばし休らう程もなく、狛(こま)のわたりや足はやみ、宇治の里にも着きにけり、宇治の里にも着きにけり

      「急ぎ候程に、これははや宇治の里に着きて候。暫く休らひ名所をも眺めばやと、思ひ候

一セイ

  シテ 「柴積舟(しばつみぶね)の寄る波も、なほたづきなき、憂き身かな       『たづきなき:方便無き。頼りとするものが無い』

      「憂きは心の科ぞとて、誰(た)が世を喞(かこ)つ、方もなし         『喞つ:恨み言を言う。歎く』

サシ

      「住み果てぬ住處(すみか)は宇治の橋柱。起居(たちい)くるしき思ひぐさ。葉末(はずえ)の露を憂き身にて、老い行く末も白真弓、

      もとの心を歎くなり

下歌

      「とにかくに定めなき世の影頼む

上歌  【】小謡

      「月日も受けよ行末の、月日も受けよ行末の、神に祈りの叶ひなば、頼みを懸けて御注連縄(みしめなわ)。長くや世をも祈らまし、長くや

      世をも祈らまし

  ワキ 「いかにこれなる女性(にょしょう)に尋ね申すべき事の候

  シテ 「此方の事にて候か、何事にて候ぞ

  ワキ 「この宇治の里に於いて、いにしへ如何なる人乃住み給ひて候ぞ委(くわ)しく御(おん)物語候へ

  シテ 「所には住み候へども、賎しき身にて候へば、委しき事をも知らず候、さりながら、古(いにしえ)この所には、浮舟とやらんの、住み給ひし

      となり

カヽル

      「同じ女の身なれども、數にもあらぬ憂き身なれば、いかでかさまでは知りさむらふべき

  ワキ 「げにげに光源氏の物語。なほ世に絶えぬ言の葉乃、それさへ添へて聞かまほしきに

カヽル

      「心に残し給ふなよ

  シテ 「むつかしの事を問ひ給ふや。里の名を聞かじと言ひし、人もこそあれ

カヽル

      「さのみは何と問ひ給ふぞ

上歌  【】小謡

    「さなきだに古(いにしえ)の、さなきだに古の、戀しかるべき橘の、小島が崎を見渡せば、川より遠(おち)の夕煙立つ川風に行く雲の、

      後(あと)より雪の色添へて、山は鏡をかけまくも、畏き世々にありながらなほ身を宇治と、思はめやなほ身を宇治と思はめや

              『さなきだに:そうでなくてさえ』        『かけまくも:心にかけて思うことも。言葉に出して言う事も』

  ワキ 「尚々(なおなお)浮舟の御(おん)事委(くわ)しく御(おん)物語り候へ

クリ

    「そもそもこの物語と申すに、その品々も妙(たえ)にして、事の心廣ければ、拾ひて言はん、言の葉乃

サシ

  シテ 「玉の數にもあらぬ身の、背きし世をや顕(あらわ)すべき

    「まづこの里に古(いにしえ)は、人々數多(あまた)住み給ひける類ひながら、とりわきこの浮舟は薫(かおる)中将の假初(かりそめ)に、

      すゑ給ひしななり

クセ

      「人がらもなつかしく、心ざま由ありておほとかに過し給ひしを、物言ひさがなき世の人乃、ほのめかし聞えしを、色深き心にて、兵部卿の

      宮なん忍びてたづねおはせしに、織り逢ふ業の暇なき、宵の人目も悲しくて、垣間(かいま)見しつヽ、おはせしもいと不便(ふびん)なりし

      業なれや。その夜にさても山住(やまずみ)の、めづらかなりし有様の、心に沁みて有明の、月澄み昇る程なるに

               『おほとか:(おほどか)・おおらか、おっとりしている』

  シテ 「水の面(おもて)も曇りなく

    「舟棹(さ)し留めし行方とて、みぎはの氷踏み分けて、道は迷はずとありしも浅からぬ、御(おん)契りなり。一方(ひとかた)はのどかにて

      訪(と)はぬ程経る思ひさへ、晴れぬ眺めとありしにも、涙の雨や増(まさ)りけん。とにかくに思ひ侘び、この世に亡くもならばやと、歎きし

      末ははかなくて終に跡なくなりにけり、終に跡なくなりにけり

  ワキ 「浮舟の御(おん)事はくはしく承りぬ。さてさて御(おん)身は何處(いづく)に住む人ぞ

  シテ 「これはこの所に假に、通ひものするなり。わらはが住家は小野の者。都の傅(つて)に訪(と)ひ給へ

  ワキ 「あら不思議や、何とやらん、事違ひたるやうに候。さて小野にては誰とか尋ね申すべき

  シテ 「隠れはあらじ、大比叡(おおびえ)乃、杉の標(しるし)はなけれども

               『杉の標:杉を家の目じるしとしたことから。ゆくえをたずねる目じるしのことをいう

カヽル

      「横川(よかわ)の水乃すむ方を、比叡坂(ひえざか)とたづね給ふべし

下歌

    「なほ物怪(もののけ)の身に添ひて、悩む事なんある身なり法力(ほうりき)を頼み給ひつヽ、あれにて待ち申さんと、浮き立つ雲の跡も

      なく行く方(かた)知らず、なりにけり、行く方しらずなりにけり

                                 −−−中入−−−

  ワキ 「かくて小野には来れども、何處(いづく)を宿と定むべき

待謡

     「所の名さへ小野なれば、所の名さへ小野なれば、草乃枕は理(ことわり)や。今宵は此處に経を讀み、かの御跡(おんなと)を、弔(と)ふ

      とかや

  後シテ 「亡き影の絶えぬも同じ、涙川。寄辺(よるべ)定めぬ浮舟の、法(のり)乃力を頼むなり。あさましや元より我は浮舟の、寄る方わかで

      漂(ただよ)ふ世に、憂き名洩れんと思ひ侘び、この世になくもならばやと、明暮(あけくれ)思ひ煩ひて、人みな寝たりしに、妻戸を放ち

      出でたれば、風烈(はげ)しう川波荒う聞えしに、知らぬ男の寄り来つヽ、誘(いざな)ひ行くと思ひしより、心も空(そら)になりはてヽ

  シテ 「あふさきるさの事もなく       『あふさきるさ:「合うさきるさ・逢ふさきるさ」ちぐはぐ。ああかこうか』

    「我かの氣色も浅ましや

  シテ 「浅ましや浅ましやな橘乃

    「小島の色は變らじを

  シテ 「この浮舟ぞ寄辺(よるべ)知られぬ

    「大慈大悲の理(ことわり)は、大慈大悲の理は、世に廣けれど殊に我が、心一つに怠らず、明けては出づる日の影を、絶えぬ光と仰ぎ

      つヽ、暮れては闇に、迷ふべき後(のち)乃世かけて頼みしに

  シテ 「頼みし、まヽの観音の慈悲

    「頼みしまヽの観音乃慈悲、初瀬の便(たより)に横川(よかわ)乃僧都に、見つけられつヽ小野に伴ひ、祈り加持して物怪(もののけ)

      除(の)けしも夢の世になほ、苦しみは大比叡(おおびえ)や横川(よかわ)の杉乃、古き事ども、夢に現れ見え給ひ、今この聖(ひじり)も

      同じ便(たより)に弔(とむら)ひ受けんと思ひしに、思ひのまヽに執心晴れて、兜率(とそつ)に生(ん)まるヽ、嬉しきと言ふかと思へば

      明け立つ横川(よかわ)、言ふかと思へば明け立つ横川乃、杉の嵐や残るらん、杉の嵐もや残るらん

 

源氏物語「浮舟」あらすじ 

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